2009年9月9日水曜日

邪馬台国と神話 その1

今回から神話に移ります。先に年代論をやりたかったのですが、今までしばしば神話に触れてきたので、成り行きで神話を先にします。倭人伝は門戸・宗族が存在していることを記していますが、宗族やその後の時代の氏族は父系血縁者の集団(リネージ・クラン)です。その宗族、氏族を母系、女系の親族(キンドレツド)が結び付けることによって形成された「擬制された父系出自集団」が部族(トライブ)です。

『古事記』『日本書紀』の神話の主要なテーマになっているのは妻問い(つまとい、求婚すること)と、国求ぎ(くにまぎ、国を求めること)です。妻問いでは母系・女系の系譜が父系の系譜に取り込まれる経過が語られ、母系・女系の系譜が父系の系譜に取り込まれることは、国を得ることと同義でありこれが国求ぎです。

その顕著な例が大国主神の場合です。大国主神が因幡の八上比売や越の沼河比売を妻問いするのは、因幡や越の支配権を得たということであり、邇々芸能命が木花之佐久夜毘売を妻問いするのは、南九州(日向、倭人伝の侏儒国)の支配権を得たということです。

『部族と青銅祭器』で述べましたが、青銅祭器は部族が同族関係にある宗族に配布しました。部族の系譜と歴史は文字がないため口伝されましたが、これが神話です。部族が存続する根拠が神話の語る系譜と歴史であり、その系譜と歴史が忘れられると部族の結合の根拠がなくなり、部族は分解・消滅します。それを具体的な形に表したものが青銅祭器で、部族が消滅すると青銅祭器は埋納されます。

部族が統一されて大和朝廷が成立しますが、『古事記』『日本書紀』に元づく史観では、神が日本を支配していたとされていますから部族が存在したことは考え難いことです。しかし神を部族と考え、部族を宗族(氏族)と民族の中間に位置する集団として捉えれば、部族が存在したことは不自然ではなくなり、神話に対する違和感が薄れてきます。

神話は大きく筑紫神話と出雲神話に分かれ、主体は筑紫神話で出雲神話がそれに付随するという関係になっていますが、筑紫神話は銅矛を配布した部族と戈族を配布した部族の歴史であり、出雲神話は銅鐸を配布した部族と銅剣を配布した部族の歴史です。『部族と青銅祭器 その10』を参考にしてください。そして銅戈と銅剣が筑紫神話と出雲神話を結びつけています。

出雲神話では鐸族を配布した部族が神格化されてオオクニヌシになりますが、オオクニヌシの神話は稍出雲(中国・四国地方)と、それを中心にした稍大和(近畿地方)や稍越(北陸地方)の部族の歴史です。律令制大和国は稍大和に属していますが、その大和の銅鐸を配布した部族のことも出雲神話の一部として語られています。

言い換えると筑紫神話は北部九州の部族連盟国家の歴史といえます。部族連盟国家とは複数の部族が連盟して国家を形成しているということです。出雲神話は中国、四国地方の部族連盟国家の歴史であり、それには近畿地方や北陸地方の部族連盟国家の歴史も加わっています。そして部族連盟国家が統合されて民族国家の倭国になること、すなわち大和朝廷の成立が神話のテーマになっています。

筑紫神話は青銅祭器を配布した部族の神話ですが、高天が原神話のアマテラス、ツキヨミ、スサノヲは部族ではありません。ここからは青銅祭器を配布した部族の歴史ではなく、親魏倭王に冊封された卑弥呼・台与を中心にした、古墳時代の氏族の祖先たちの歴史になっていきます。

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