津田左右吉は主として『古事記』と『日本書紀』に違いがあることから、神話は史実ではないとしましたが、部族の歴史は同じではないはずであり、部族によって神話に違いかあるのはむしろ当然のことです。全てが同じならそれこそ創作されたことになります。
『古事記』の神話はその序文にあるように猿女君の一族の稗田氏が伝えていたものだと考えられます。猿女君は天孫降臨に随行した天宇受賣命の子孫だと言われていますが、猿女君は元来、北部九州で銅矛を祀っていた部族に属していたと考えられます。とすれば『古事記』の神話は銅矛を配布した部族の神話であることが考えられてきます。
『古事記』は天孫降臨に随行した神について「其の天兒屋命は中臣連等の祖。布刀玉命は忌部首等の祖。天宇受賣命は猿女君等の祖。伊斯許理度賣命は鏡作連等の祖。玉祖命は玉祖連等の祖」としています。また常世思金神,手力男神,天石門別神、天忍日命,天津久米命の神名も見えます。こうした氏族の祖先が銅矛を配布した部族に属していたことが考えられます。
古墳時代の氏姓制度下ではこれらの神は「天神」とされますが、『古事記』の神話は天神を中心とした神話であり、それは銅矛を配布した部族の神話でもあるということです。神話はかつて部族が存在したことを示しており、初期の大和朝廷が部族制度の影響を受けていることが分かります。
それに対し大和のミワ氏・カモ氏や出雲の出雲臣氏など「地祇」の子孫もあります。また「諸蕃」と言われている渡来系の氏族もあります。『古事記』の神話には「地祇」「諸蕃」の伝えた神話はわずかにオオクニヌシの事績があるだけでほとんどありません。
『古事記』の編纂が中断され、『日本書紀』が先に成立した原因一つとして、「地祇」「諸蕃」の神話を取り込む必要があったことがあげられそうです。 こうして『日本書紀』の神話には「一書に云う」という形で「地祇」「諸蕃」の伝えた神話が加えられました。
それは銅鐸・銅剣を配布した部族の伝えたものです。銅鐸・銅剣を配布した部族の神話は大和朝廷の成立で大部分が消滅してしまったことが考えられます。
邪馬台国が畿内にあったのであれば、ミワ氏・カモ氏や出雲の出雲臣氏など「地祇」が神話の中心にならなければいけませんが、邪馬台国は九州に在りました。
ですから筑紫神話とも言われるように神話の主要舞台は九州になっています。前述のようにスサノオは面土国王です。またイザナギは那珂海人の王であり、私はイザナミを奴国王だと考えています。
表は『魏志』倭人伝に登場してくる人物を書き出し、どの神と似ているかを示したものです。各国の官と副(副官)は除外していますが、これが倭人伝に登場してくる人物の全てです。
?を付したものはその可能性があるか、または可能性が疑われるもので、伊声耆、載斯烏越(載斯・烏越?)についてもおおよその推定が可能です。
白鳥庫吉の言うように、倭人伝の記述と高天が原神話はよく似ています。それどころか倭人伝だけでは分からない部分も分かってきます。神話は弥生時代の部族の暦史であり、その系譜が語られています。
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