2009年7月5日日曜日

邪馬台国と面土国 その4

先日の「その3」の補足です。あまり先走り過ぎると余分な誤解を招きそうですが、理解し易いと思うので書きます。面土国王の帥升と、その子・孫のことは『古事記』『日本書紀』 にも書かれています。それどころか140年後の子孫のことまで書かれています。
                                                帥升は『古事記』には須佐、『日本書紀』には素戔と記されています。「帥升」は倭人の発音を漢字で表したものですが、元の音は「すさ」なのです。倭国大乱の結果、卑弥呼が共立されますが、それ以前の7~80年間は男子が王でした。この男王は帥升の子孫の面土国王ですが、おそらく曾孫も含まれているでしょう。
                                                その男王は敬意を込めて 「帥升の緒」(すさのお)呼ばれていました。これが『古事記』の須佐之男命であり、『日本書紀』の素戔嗚尊です。「緒」には「始め」「興り」「糸口」といった意味がありますが、「すさのお」とは帥升に連なっている者という意味になります。
                                                もうお解かりでしょう。卑弥呼は天照大神です。卑弥呼の死後に男王が立ちますが、国中が従わず千余人が殺される争乱が起き、台与が共立されます。これが「天の岩戸」の神話になっています。岩戸に入る前の天照大神が卑弥呼であり、岩戸から出てきた天照大神が台与です。
                                             
倭人伝の記事は台与が共立された時点で終わっていますが、間もなく卑弥呼死後の争乱の事後処理が行なわれ、争乱の当事者が処罰されるようです。
                                                              
神話では高天が原を追放されたスサノオは出雲に下り、オロチを退治することになっていますが、面土国王は争乱の最大の当事者とされて滅ぼされるようです。
                  
面土国は宗像郡ですが、宗像郡の宗像大社にはスサノオの剣から生まれたとされる3女神が祀られています。祀っているのが宗像氏ですが、祭神がスサノオではなく3女神だということは、宗像氏は面土国王の直系の子孫ではなく、3女神とされている傍系の子孫だということでしょう。

神話は史実ではないといわれますが、神話が生まれるについては相応の史実が存在しています。邪馬台国が高天が原であるのに対し、スサノオの支配する海原が面土国と言うことになります。

0 件のコメント:

コメントを投稿