2009年7月26日日曜日

部族と青銅祭器 その5

このことは以前から気になっていたのですが、改めて考えてみると日本には部族など存在しないと思う人がいると思います。その原因のひとつとして「部族=未開民族や氏族の集合体」と考えられていることがあげられるでしょう。この件についてはかなり以前から問題提起されてきましたが、これが社会的にほぼ定着してしまっています。

ここで言う部族にはそうした意味はありません。民族と氏族(宗族)の中間に位置する集団のことですが、英語のtribe(トライブ)を、日本では「部族」と訳しているのです。日本民族と氏族との間にtribe(トライブ)に相当するような集団が存在していること自体がまったくといってよいほど考えられていないので、適当な訳語がなのです

先学達は日本民族と氏族との間に部族(トライブ)の存在した時代があったことに口を閉ざしてきました。時代が時代なら、日本民族の起源に未開氏族(宗族)の集合体である部族が存在したなどと言えば、まさに国賊ものです。しかし冷静に考えてみると縄文時代に部族(トライブ)が存在したことは考えられてよいことです。それが弥生時代まで続いたかどうかどうかが問題になると思います。

先学達が部族(トライブ)に触れなかったのは、資料がほとんどないことも原因になっているでしょう。たまに部族に関する論考を見かけますが、きわめて抽象的に述べるに留まっています。これは文献学よりも考古学によって解明されなければならない課題だと思っていますが、考古学にも部族(トライブ)という考え方が希薄なように思われます。

『古事記』『日本書記』では「人代」の前に「神代」があるとされていて、部族が存在したとはされていません。日本では英語のトライブに相当する観念が育たなかったことも一因になっているようです。私は神代を部族(トライブ)の時代と解釈すればよいと思っています。

以後述べていくことですが、青銅祭器の持つ諸問題も部族(トライブ)が存在したと考えることで解明できる点が多いようです。それは青銅祭器のみならず、様々な点にも及んでいくようです。例えば邪馬台国=畿内説は倭国を日本民族の国と見ることを前提にしていますが、部族(トライブ)が存在しているのであれば別の見方をする必要が出てきます。

当ブログでは今後、部族(トライブ)が次第に巨大になっていき、それが統一されて民族国家の倭国が誕生することを述べようと思っていますが、それには中国の冊封体制が深く係わっているようです。いずれにしても部族(トライブ)をもっと探求してみる必要があるようです。

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