今では蛇も蛙も少なくなってあまり見かけませんが、以前には蛇が蛙を丸呑みにしているのをよく見たものです。「蛇ににらまれた蛙」と言いますが、蛙は蛇の意のままになっています。蛙を助けようと蛇を殺した経験のある人もいるでしょう。このような経験が、ある史実と結びついてヤマタノオロチの神話が生まれたようです。
蛇のことを古くはミズチ(水の精霊)といい、巨大なミズチがオロチです。ミズチは蛙を呑みますがオロチは娘を呑みます。子供が蛙を助けようとして蛇を殺すように、スサノオが娘を助けるために巨大な蛇、すなわちヤマタノオロチを殺したというストーリーができたようです。しかし実際に娘を呑むような大蛇がいたわけではありません。
ヤマタノオロチについては「鉄穴流し」と呼ばれる製鉄法にまつわる伝承だとか、シベリヤのオロチョン族だとする説、あるいは斐伊川の氾濫を表しているとする説などがありますが、神話が史実ではないとされる代表格がこのヤマタノオロチでしょう。私はヤマタノオロチを「邪馬台のおろ血」だと理解しています。
日本古典文学大系『日本書紀』は「頭尾八岐有り」とあるので八岐大蛇というとし、ヲを峰、ロを助詞、チはミズチ、イカヅチなどのチだとしていますが、私は「オロチ」の「オ」は「緒=ほそ紐」のことで、緒には始め・興り・糸口・筋という意味もあり、同族間の序列を言うと考えています。ニニギの天孫降臨に随行する神を「五伴緒」(いつのとものお)とする使用例があります。前述のように スサノオも「帥升の緒」でしょう。
助詞の「ロ」は同族間の序列に従って、オウ(王)・オミ(臣)・オサ(長)・オヤ(親)・オセ(大人)・オエ(大兄・兄)・オト(弟)・オジ(叔父)・オバ(叔母)・オイ(甥)・オレ(俺)・オラ(緒等・仲間)というように変化し、序列の遠近・親疎を表すと考えます。男系社会のため女系の呼称はオバ以外にはないようです。
それでは「オロ」とはどうゆう序列かということになりますが、『大辞林』には「オロ」について次のように述べられています。
接頭
おろそか、おろかなどの「おろ」と同源。動詞・形容詞などについて十分でないさまを表す。不完全、わずかなどの意
このように解釈するとオロチの「オロ」は序列の最末端に位置する者、疎遠な者といった意味になり、オラ(緒等・仲間)よりも関係の薄い「遠い親戚」ほどの意味になりそうです。オロチの「チ」は血のことで、祖先を同じくする同族ということでしょうが、日本古典文学大系『日本書紀』の述べるようにミズチ・イカズチなどのチのように「精霊」といった意味も含んでいるのかもしれません。
弥生時代には銅剣・銅矛・銅戈・銅鐸を配布する巨大な大部族が存在していました。部族は血縁集団である宗族が通婚することによって結合した「擬制された血縁集団」で、その序列は宗族と同じ形態を取ったでしょう。オサ(長)が宗族の族長ですが、青銅祭器を配布し王を出すような巨大な部族の場合には、その序列の中に支配者階層のオウ(王)やオミ(臣)を含むようです。
大部族は勢力を拡大するために通婚を強要し、通婚が成立すると青銅祭器を配布しました。娘を呑む大蛇とは通婚を強要し青銅祭器を配布する大部族のことであり、その大部族が邪馬台なのだと考えます。ヤマタについては邪馬台国のこととする考え方がありますが、これに同意したいと思います。つまり ヤマタノオロチとは「邪馬台の一族」といったほどの意味でしょう。
邪馬台(女王国)は銅矛を配布した部族が主導権を持つ国でした。銅矛を配布した部族が出雲の宗族に通婚を強要し、勢力を拡大しようとしたようです。それがヤマタノオロチは娘を呑むと言い伝えられているようです。島根県荒神谷遺跡では16本の銅矛が出土していますが、この16本の銅矛を祀っていた宗族がオロチに呑まれた娘ということになります。
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